• 教会は神の国府~黙示録の再発見~(ヨハネの黙示録1章1節~6節)

  • Sep 8 2024
  • Duración: 48 m
  • Podcast

教会は神の国府~黙示録の再発見~(ヨハネの黙示録1章1節~6節)

  • Resumen

  • 序)「ヨハネの黙示録」は「わかる」ための本

    ・「イエス・キリストの黙示」とはイエス様によって&イエス様について、「ベールに包まれていた真理がわかる=黙示」ようになったこと

    1)「すぐに起こるべきこと」~ダニエル書とのつながり~

    ・ヨハネの黙示録は「近未来を占う(憶測する)本」ではない。

    ・「起こるべきこと(ハ・デイ・ゲネスタイ)」は、ダニエル書2:28が出所。「この方が終わりの日に起こることをネブカドネツァル王に示された」

    ・ヨハネは「終わりの日」を「すぐに」と書き換えている。それはイエス様のみわざにより、もう「終わりの日」が始まっているから。

    ・ダニエル書は 2:44 で「起こること」を「神の国が興ること」と特定している。「神の国」はこの地上に起こる。死後の「天国」とは違う。

    ・「神のしもべ」とは「預言者」の意味。新約時代は皆が「預言者」。

    2)「告げられた」の意味

    ・「告げられた」(セーマイノ)は「喩えによって示す」「幻によって示す」「象徴的に言う」という意味。黙示録は新聞記事ではなく演劇の台本に近い。写実画(写真)ではなく、抽象画に譬えられる。例:獣の印

    ・黙示録の記述はすべて、象徴的な言葉である。

    ・象徴を読み解くためには、当時の世界で使われていた文献から紐解く必要がある。多くは旧約聖書、一部、そうではないものもあるが、多くは残っているので調査ができる。例:馬と風

    ・黙示録とは、イエス様が神の国をどのように起こすのかを象徴によって説明したもの。神の国において教会が重要なので、宛先は教会。

    3)教会は神の国府~イエス様への賛美のことばからわかること~

    ・「ご自分の父である神のために、私たちを王国とし、祭司としてくださった」という表現は、出エジプト記 19:6「あなたがたは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」を背景にしている。これは受動的な存在になる(臣民)の意味ではない。

    ・サムエル記第二 8:18「ダビデの息子たちは祭司であった。」が並行記事のⅠ歴代誌 18:17 では「王の側近」となっている。これが祭司の意味。

    ・「王国」+「祭司」=「国司」とすれば、私たちの使命は明確になる。

    結)教会に与えられる特権と責任

    ・現代の地方自治とは違い「国府」には全権が委ねられている。「都」と食い違うことをすれば、罷免される。同じように、教会が御心から外れ、私利私欲に走れば、さばきを受ける。(これも黙示録で語られる)

    ・私たちの問題(弱さ)は、この街の問題であり、神の国の課題である。

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